2017.10.25 04:24|
タイトルの通り、おそ松さん二期4話が、松代がしんどかったとわめくだけです。
批評でもないしロジカルなことを言うつもりもないしただただしんどいと言うだけです。


「松造と松代」というサブタイトルだったのにメインで描かれたのは松造と松代の話ではなく松造と六つ子だった。それ自体はべつにいいんです、だって六つ子が主役のアニメだし。
「松造と松代」というサブタイトルを冠しておきながら松代がまったく描かれなかったこと、つまり製作陣はおそらくあれを「松造と松代」の話だと認識していて、なのに中身を見てみれば松代についての描写はまったくないことがしんどいです。

松造の心情はあれだけ尺を取って描かれていて六つ子は松造のために奮闘したのになんで松代についてはセリフのひとつもないの?松代の心情はまったく描かれなかったのになんで最後丸く収まってるの?松代、松造に対して最近冷たかったんじゃないの?その理由は?最後にはどうして仲直りしたの?松代になにがあったの?どういう心情の変化があったの?どうしてそれは描かれないの?松代はなんで松造をゆるしたの?????

ちょっと話の流れを整理してみます。

最近松造の様子がおかしい

六つ子が問い質すと、松造が「母さんが最近冷たい」「おやすみのちゅーやあれやこれやもない」と吐露する

「父さんも童貞になればいい」と提案

松造を童貞に戻すために六つ子が奮闘

無理だった→惚れ薬を使えばいいとひらめく

松造と六つ子、惚れ薬の材料を手に入れるために奮闘→惚れ薬は無事完成

松造、手に入れた惚れ薬を結局使わない、松代となんかいい感じに収まる

未だニートで童貞である六つ子たちが飛んできて、「(夫婦)ふたりになれるときなんて来ないかもしれない」とぼやく

六つ子が「親の悩みなんか知りたくない」「でも親の夫婦関係が破綻したらニートでいられない」と煩悶するところとか、松造を童貞にすればいいと素っ頓狂な提案をして六つ子が童貞指南をするところとかはめちゃくちゃおもしろかったです。笑いました。こうして全体の流れを書いてみても、六つ子がニートである、童貞であるということがオチの要因になっている、ギャグとしてよくできたストーリーだったと思います。
そして惚れ薬を手に入れたあとの、松造の回想シーンもよかった。学生時代、まだ若かったころ、告白して、つきあって、結婚して、家を建てて、子供が生まれて、その人生はたしかに幸せだった、自分たちには物語があった、と気づいた松造が、惚れ薬という相手の人格を無視したものを投げ捨てるという結論にたどり着いた、あそこだけ切り取ればとても感動的なシーンだったと思います。わたしは映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』のワンシーンを思い出しました。面倒なのであらすじなどは書きませんが、子供に逆戻りしてしまったしんのすけの父・ひろしが、田舎での子供時代、上京、就職、みさえとの出会い、結婚、家を建てたこと、しんのすけが生まれたことなどを思い出し、自分は大人である、もう子供であることの幸福から抜け出して大人として生きていかなければいけないと気づくシーンで、涙なしには見られないです。たぶんオマージュしてるんじゃないかと思います。

じゃあなにがしんどかったかって、最初に書いたとおり「松造と松代」がサブタイトルであるのに松代の内面がまったく描かれなかったこと、そして、松代がひとりの女性としてではなく、ただの“妻”、そして“母”という記号になっていたことです。

最後のシーンの松造と松代の会話。

松代「懐かしいわね。覚えてる?いつの日かあなた、私に向かって叫んだじゃない。ここで」
(若い松造が叫ぶシーンの回想)
松代「まさか忘れたの?」
松造「忘れた。覚えとらん、そんな昔のことをいちいち」
松代「あっそう。でも私は忘れない。いつまで経っても」
松造「あっそう」
松代「ふふふ。あーさむーい」
(松代、松造の隣に座る)
松代「いつかこうして、二人きりになるんだね」
松造「そうだね」
(惚れ薬によって発情状態になった六つ子が全裸で飛んでくる)
松代「……ふたりきりになれるのかなあ?」
松造「どうかなあ」

ここだけ見ればすごくいいシーンだと思います。歳をとった夫婦が、多くの言葉は交わさず、けれど寄り添い、今後もふたりで生きていくことを確かめ合う。そこに、いい歳こいてニートで童貞の息子たちが飛んできて、「ふたりきりにはなれそうもないね」で、ギャグとしてオチる。完璧だと思います。
松代の内心がまったく描かれなかったことを除けば!!!!!!!
最初に松造は言いました、「母さんが最近冷たい」。それは松造視点の事実としてたしかにあったはずで、つまりは松代の側にもなんらかの変化があったはずなんです。そもそも松代の変化、それによる松造の苦悩が話の起点であったはずなのに、なんで松代の心情描写が一切なく、最後には丸く収まってるんですか!!!!!!なぜ松代は最後、松造のところに現れたんですか!これからもふたりで生きていきましょうね、みたいな会話をしたんですか!松代は松造に冷たくなっていたんじゃなかったんですか!松代になにがあったんですか!松代はなにを考え、どのような心情の変化があり、なぜ松造のもとを訪れたんですか!!!!!!

3話のBパート「トト子の挑戦」に関して、わたしはシナリオの破綻をちゃんと読み取ってくれ、という話をついったーでしました。(これから始まるツリーです)
今回の4話について、話の起点は松造による「母さんが最近冷たい」という悩みです。シナリオとしてきちんとオチをつけるなら、それは松造によるただの勘違いだった、などの回答を示せばよかったと思うんです。最後のシーンで、「実は最近、お前に嫌われてるんじゃないかって悩んでいたんだ」「なあにそれ?私はなにも変わってないわよ」みたいな会話をひとつ挟むだけでよかったんです。あるいは、松代に「あなたたち(松造と六つ子)が楽しそうになにかしてるからひとりでさみしかったのよ」というかたちでオチをつけることもできた。
じゃあなんで「母さんが最近冷たい」についてきちんとした回答もなく松代は最後、松造に寄り添ったのか、松造の悩みは解決したのか。
3話Bのような意図的なシナリオの破綻でもなく、そしてシナリオが下手だということでもなく、わたしはそれを、“製作側にそもそも松代の内面を描こうという意識がなかった”ということだと感じました。
『おそ松さん』は成人しているのにニートで童貞な六つ子が主役の作品で、彼らがわちゃわちゃして笑いをとるギャグアニメで、今回は松造と六つ子が奮闘するお話である。
それが今回、製作側が示したことで、そこには「『おそ松さん』という作品で松代の内面を描く必要はないからそういうシーンは入れないでおきましょう」というコンセンサスすらなかったんじゃないかと思います。製作側には、妻であり母であるけれど、それ以前にひとりの人間である松代を描くという発想すらなかった、と、わたしは4話を観て思ってしまいました。
わたしの勝手な想像です。ほんとうは松代の内面を描くシーンもあったけど、尺の都合でカットされたのかもしれません。けれど、あいだあいだに無言の松代がお皿を洗ったり、テレビを観ているシーンが挟まれています。あのシーンは「(松造から見て)松代の心の内がわからない」ことの暗示だと思います。松造はチビ太のおでん屋のシーンで、「子供が成人して、夫婦もお役御免かと思ったら不安になった。なんのために俺と一緒にいるのか、好きで一緒にいてくれるのかってな」と心情を吐露します。つまり今回は、松造視点で、歳を重ねた夫婦の「夫側の」不安や苦悩を描く、プラス六つ子という回だったんでしょう。
だったらサブタイトルを「松造と松代」なんていうものにしないでほしかった。
「松造と松代」と題しておきながら、松代はただストーリーに都合のいいように描写される存在でしかなかった。一期24話B「手紙」のしゃべらないおそ松兄さんと今回の松代の描かれ方は一見同じように見えるけど、ぜんぜん違います。「手紙」はまず最初におそ松兄さんの怒りが明確に描写されていました。そのことで、その後の無表情は怒りや拗ねであるとわかりやすく視聴者に伝わります。けれど今回の松代についてはそういう描写もない。ただストーリーを動かすために画面に映されていただけだった。
わたしは4話の松代を、ストーリーを動かすためだけの装置になっている松代を見て、理由もなく主人公の男がちやほやされる、女性というものが消費されるだけのハーレムアニメを観ているようなしんどさを覚えました。
サブタイトルが「松造の苦悩」みたいなものだったらこんなことは感じなかったと思います。あるいは、描かれたのが“夫婦”であり“親”である松造と松代だったなら、ひとりの人間としての松造と松代が描かれていなくても、納得したと思います。『おそ松さん』の主役はあくまでも六つ子だし。

4話で松代の内面がまったく描かれなかったことに対する不満をぐちぐちと言っていたら、友人から「それはないものねだりでは?」と言われました。
わかってるんです。
『おそ松さん』の主役は六つ子で、話の軸となるのは彼らが成人しているのにニートで童貞であることです。歳を重ねた夫婦の物語でもなければ、子供が独立してくれないことに悩む親の話でもないし、ましてや専業主婦の内面を描く話ではないことくらい、わたしにもわかっています。
でも、わたしは一期2話でおそ松兄さんが兄弟を「五人の敵」と言い放ってくれたことに、すごく救われたんです。マンガやアニメや小説といったフィクションが、ずっと心にわだかまっていたもの、傷となっていたことを、ふわっと撫でるように癒やしてくれることがあって、わたしにとって「五人の敵」はまさにそれでした。きょうだいを敵だと言ってもいいんだ、と救われました。それ以降、わたしは『おそ松さん』というアニメに全幅の信頼を寄せていました。
親の愛情を奪い合う敵であるきょうだいがいるということや、成人しているのに誰かに養われているというしんどさを、ギャグアニメの体裁は決して失わずに、それでも丁寧に丁寧に描いてきてくれた、そして「じょし松さん」では主役が成人男子であるという枠組みさえ超えて妙齢の女子が生きるしんどさを描いてくれた『おそ松さん』という作品に、わたしは期待しすぎていたんでしょうか。
実際、今回の二期4話だってものすごく丁寧なお話だったと思うんです。悩む松造に六つ子が「母さんだけが悪いみたいになってないか?」「悪いのは拒否する母さんだ、みたいな感じ?」「好きでいてもらえることが当たり前になってんの?調子乗ってんの?」などとツッコミを入れるのは、かなり細やかな人間観を持っていないと書けないシーンだと思います。
そういう丁寧なシーンがある一方で、松代のあつかいが雑すぎるのが余計にしんどい。

一期10話のコメンタリーで、キャストさんたちが「エスパーニャンコ」はカラ松のオチのための壮大なふりだった、カラ松をより不憫に見せるためにいいように作られた話で、つまりは悪意だ、と言っていました。
今回の話も、そんな「うっかりいい話」だったらよかった、と思います。最後に松代が、松造も六つ子も切り捨てるようなオチがあったらよかった、と。「じょし松さん」や「トト子おおあわて」で女子の人生すらすくいとってくれたんだから、結婚して子供を持って主婦として生きる松代を、きちんと描いてほしかった。

まあたぶんわたしが女性の描写に敏感なんだとは思います。普段から女性が女性として生きることのしんどさや性差別のひどさにうんざりしている一方で、ただただ楽しんで観られるおそ松さんというアニメで松代のあつかいがあんまりだったので、不意打ちで大きなダメージをくらってしまったんだと思います。
たとえば共働き家庭で女性がすべての家事を担うこと、男性が育児を「手伝う」ものだと認識していること、専業主婦の女性が体調を崩したときに夫が「休んでいいよ」と言うこと、そのようなことを想起してしまうのは大げさだとは自分でもわかっているのですが、でも、今回の話に「松造と松代」というサブタイトルがつけられていながら松代の描写がほとんどなかったこと、そしてそれが製作陣の意図的なものでないように思えること、松代を物語を動かす記号としてしか使用しないこと、松代を記号として登場させることに自覚的ではないことと、どうしてもつながっているように思えてしまうんです。女性を消費するものとして登場させておきながら、それが“消費”である、という自覚を持った作品はあります。でもその自覚は、4話にはまったく感じられませんでした。『おそ松さん』の製作スタッフはほとんどが男性で、つまり4話がこうなったのはしかたのないことで、世の男性は、そして製作スタッフの男女観はそんなものだったのか、という落胆と悲しみがありました。
余談ですが、松造の回想シーンで思い出した、と書いた映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』では、子供状態になっていた父・ひろしが大人である自分を取り戻すシーンは丁寧に丁寧に描かれていて涙なしには見られないんですが、母・みさえが大人に戻るシーンはあっさりすぎるくらいあっさり描かれていて、そこには回想もなにもありません。今回の4話、わたしはそれも思い出しました。

べつに4話の松代のあつかいに不満があることで視聴をやめたり、ファンをやめたり、ましてやアンチになったりなどはしないのですが、そしてこの文章になんらかの結論があるわけでもないのですが、ただただ4話の松代のあつかいがしんどかったというだけの話です。そして、わたしのほかにも、4話の松代のあつかいがしんどかった、という方がいらっしゃることがただただ救いです。ありがとうございます。

心に『おそ松さん』という作品に対してのしこりを残しつつ、今後、松代がきちんと描かれる回(それは松代の心情の丁寧な描写とイコールではないです)があることをただひたすらに望みながら、今後も二期を視聴してゆきます。
2016.03.21 13:09|
※追記:主催者アオヤギさんによるねとらぼの記事が公開されたよ!先にこちらを読んでいただくと流れや結果がよりわかりやすいかと思います!!
松野家最弱は誰だ!? 「おそ松さん」麻雀を実際にやってみた (1/2) - ねとらぼ


『おそ松さん』と麻雀が好きすぎて、六つ子なりきり麻雀をやってきました。
結果、心に消えない傷を負うこととなりました。

というわけで!
このたび、ライターのアオヤギミホコさん(Twitter)に企画していただいて、おそ松さん六つ子なりきり麻雀をやってまいりました!!
21話で「麻雀」という回が放送されたのは皆さまご存知だと思いますが、予想を裏切って六つ子がガチ麻雀をしている回で、それぞれの打ち筋もきちんと解説されていました。ならば六つ子にそれぞれの打ち筋を真似して打ったらどうなるか!という企画でございます。麻雀経験それなりの四人が集まり、六つ子になりきって打ってまいりました。
結果、心に消えない傷を負ったのですが、それはあとから書くとして……

まず六つ子それぞれの打ち筋に関しては(こちら)に詳しく書いているので、ご参照ください。実際には以下のような感じにしました。
・おそ松兄さん:聴牌即リー、全ツッパ
これは簡単ですね。聴牌したら即リーチをかける。他家がリーチをかけても、どんな高そうな手を張っていても絶対にオリない。
・カラ松兄さん:役満縛り
役満以外は絶対に和了らない。ですがアニメ本編を観る限り普通の手作りをしていたので、一応普通の手作りはする。が、役満でなければ和了らない。かつ「ツモられ貧乏」なので、他家に振り込まないようにする。
・チョロ松:デジタル打ち、オープンリーチ
チョロ松もまあ難しくなく、打ち方はデジタルで。ですがテンパったら、リーチをかけなくとも牌をオープンして他家に待ちがわかるようにしました。
・一松:異様な捨て牌、異様な鳴き、普通に下手
経験者だと再現が結構難しいのが一松です。打ち手の意識としては、序盤に意味不明な鳴き、捨て牌、テンパっても両面待ちにとらずにわざとカンチャン待ちにする、などを心がけました。
・十四松:絶対攻撃時間、テンションが上がるとチョンボ
オカルトの十四松も打ち筋を真似するのが難しいところです。高打点を意識、満貫以上を2回和了ったら自主的にチョンボということにしました。
・トド松:鳴き麻雀、他家が張ったらベタオリ
鳴き麻雀で勝つというのも現実ではなかなか難しいのですが、とにかく鳴けるところは鳴く、そして他家が張ったらオリるということで打ち筋トレース自体はそんなに難しくないかと思います。

あ、あとアニメ本編内で赤ドラを使っている様子が見受けられなかったので(たぶん古い牌を使ってるんだね……昭和だからね……)、赤ドラはドラに数えずにやりました!

簡単に結果からずらっと書いていきます!

◆一回戦:おそ松 VS チョロ松 VS 十四松 VS トド松
初戦はこの四人です!もともとの打ち筋が近いわたしがおそ松兄さん役をやりました。さらっと結果から書きますと、
1位:おそ松(+71.1) 2位:十四松(+14.2) 3位:トド松(−15.3) 4位:チョロ松(−60)
というような順位に終わりました!
おそ松兄さんがトップだ!ガハハ!!長男ナメんじゃねえ!!所詮おまえら五人にはおれは倒せないんだよ!!
……これは完全にもう運ですね。全ツッパなのに“運よく”振り込まなかった、かつツキが来ていて高い手を連続で和了れたという感じです。そしてチョロ松がまさかのトビ。おそ松兄さんとは反対にツキがなかった……(ここでチョロ松兄さん役をやったアオヤギさんは決して技術がない方ではないのです)かつ、チョロ松はテンパったら牌をオープンにしていたので、絶対に出和了りはできないのがつらい。

◆二回戦:おそ松 VS 十四松 VS 一松 VS トド松
引き続きわたしはおそ松兄さん役です。ラスだったチョロ松が抜けて、一松がin。結果は、
1位:十四松(+53) 2位:一松(+20.2) 3位:トド松(−26) 4位:おそ松(−47.2)
初戦1位だったわたくし担当のおそ松兄さんは見事にラス。トビです。これがおそ松兄さんの打ち方です。運良く他家に振り込まなければ、そしてツキがあれば1位にもなれるけど、簡単にラスにも転落する……THE・ギャンブルです。おそ松兄さんがいかにギャンブラー気質であるか、この1位からラスへの転落を見ていただければわかるかと思います。
トップは十四松。うまくゾーンにハマりました。十四松の打ち筋は完全にオカルトなので再現が難しいところなのですが、ここは打ち手にツキが来ていたと思います。2位一松は……一松役、ちゃんと「意味不明な捨て牌」「意味不明な鳴き」をしていたんですが、トッティが他家が張るとベタオリなのでどうしても和了れず点数を稼げない、そしておそ松兄さんがばかすか振り込むと、相性の問題で自然とこのくらいの順位はとれるんじゃないかという感じがします。「異様な捨て牌、異様な鳴き」は実際、他家の撹乱にもなっていました。あとはまあ経験者が打つとやっぱりどうしても「普通に弱く、普通によく負け」の意図的な再現は難しい……
そしてトッティが二連続三着というのがまあなんともらしいと思います。鳴き麻雀=早和了りができるということがアドバンテージとなるのに、他家が張ったらベタオリしてしまって和了れない。トッティの打ち方では勝てないんだ……

◆三回戦:カラ松 VS チョロ松 VS 一松 VS トド松
結果です。
1位:一松(+81.8) 2位:チョロ松(+0.3) 3位:トド松(−22.1) 4位:カラ松(−60)
……まさかの。まさかの一松がトップです。まさかの!「普通に弱く、普通によく負け」るはずの一松が、なぜ1位になるのか!これ、ちゃんと理由があるんです。打ってみるとなぜかわかるんです。
まずカラ松は役満以外和了らない、役満なんて当然滅多にできるものではないので、振り込まなくてもツモられて点数を失うのみ。そしてトッティは他家が張ったら速度勝負をしかけるのではなくベタオリするので、滅多に和了れない、カラ松兄さん同じく振り込まなくともツモられて点数を失うことが多い。チョロ松は聴牌すると牌をオープンにして待ちをわかるようにしなければならないので、他家から出和了りができない=なかなか稼げない。……結果、異様な捨て牌や異様な鳴きをして普通に弱いはずの一松が勝っちゃうんですよ!この面子だと!!六つ子麻雀には!相性がある!!
これ、おそ松兄さんか十四松のどちらかが面子にいた場合、このような結果にはならなかったはずです。一松がですね、東二局だったかな、七本場まで連荘しまして……全員、一松役をやっていた本人含めて「誰か止めてくれまじで……」という空気になりました。が、カラ松兄さんは和了らない、チョロ松は出和了りできない、トッティはベタオリするがゆえに、誰も一松の連荘を止められない。最終的に、一松の連荘は二飜縛りなのに一飜で和了り宣言をしてしまったことによる和了り放棄によって止まったという有り様でございます。これはほんとうに……大きな発見でした……「六つ子麻雀には相性がある」、「この面子だと弱いはずの一松が勝てる」……実際に打ってみなければわからなかった……一松くんよかったね……
チョロ松二着というのは「出和了りできないけどツモ和了りはできる」が現れた結果、そしてトッティ三連続三着はまあほんとうにトッティの打ち筋らしい納得の結果、という感じだと思います。トッティの打ち方ではラスにもならないけど勝てもしない……


……というわけで、一半荘のみでのプラマイ収支を見ると、一松くんが一番勝ったという結果に……なってしまいました……どういうことだというのは、「相性の問題」によって引き起こされた奇跡という……三戦目は、ほんとうに、おそ松兄さんか十四松がいたらこうなっていなかったと思います。実際になりきり麻雀をしてみなければわからなかった、「面子によっては一松くんでも勝てる」という事実……一松くんよかったね……わたしは三選目、「わたしがおそ松兄さんか十四松役だったら!!!!!」と発狂しそうになりました……カラ松兄さん役では絶対に和了れなかったから……

なりきり麻雀、意外な発見(相性の問題!)もあり、感想としてはめちゃくちゃ楽しくて、みんなもやろう!!!と言いたいんですが、まあ楽しいのとはべつに、自分の打ち方ではないので、しんどいところはしんどいです。
まずチョロ松。テンパったら牌をオープン、出和了りが完全に封じられるというのは普通にメンタルに来る。なかなか和了れない。しんどい。
トッティ。他家が張ったらベタオリしなければならない、というのもしんどい。「ここはベタオリすべきだ」という戦略的判断によってならありだと思うんですが、他家が張ったら必ずベタオリというのは、鳴いていて牌が少なくなっていることもあいまって非常にしんどい。「突っ張れば和了れそうなのに……!」と思ってしまう。
十四松はゾーンに入って勝ち続けられれば気持ちいいと思うのですが、必ずチョンボをしなければならないのがしんどい。そのまま勝ち続けたい。
一松は結果的に勝ったのですが、まあしんどそうでした。ドラや連風牌、真ん中の牌を一打目に切ったり、良形待ちで断么九ができそうなのにカンチャンで鳴いたり、と非効率のオンパレード。意図してあれをやるのは非常にしんどいし、勝っても気持ちよくないと思います……
おそ松兄さんはひとによると思うのですが、わたしはもともとの打ち筋がおそ松兄さんっぽいこともあり、非常に気持ちよかったです!「全ツッパでいったるわ、ガハハ!!」という気持ちで打っていると、振り込んでも「振り込んでもうたわ、ガハハ!!」と笑い飛ばせます。……まあこれはひとによりますね……「ここはオリるべきところだった、振り込みたくなかった、本来の自分の打ち筋ならば絶対に振り込んでいなかった」と思ってしまうひとは、おそ松兄さん役もしんどいと思います。

でも一番しんどいのはカラ松兄さん役だ。

三戦目、わたしはカラ松兄さん役をやり、心に消えない傷を負いました。

カラ松兄さんの打ち方をおさらいします。
「おれは手役アーティスト。妥協した和了りに意味はない。満貫?跳満?メンチン?ノンノン。倍満すら聴牌とらずの役満縛り。ゆえに……毎回ツモられ貧乏。不和了のファンタジスタ、カラ松!」
ですが、前の記事の中でカラ松兄さんの手牌を画像化していますが、カラ松兄さんは配牌から無茶な役満を目指すのではなく、普通に手作りをしています。普通に手作りをしたうえで、聴牌しても、和了らない。
……これの、しんどいこと、しんどいこと……
想像を絶するしんどさです。つらさです。わたしはほんとうに心が折れたし泣きそうになりました。
カラ松兄さん役をやっていたらですね、なぜかですね、ツモがとてもとてもよかったんですよ。きれいな手を何回も張れたんです。
特に印象に残っているのがこれです……
カラ松兄さん
ツモが2p、門前ツモ、混一色、そして二盃口で和了り、跳満確定ですよ!跳満!!ていうか!二盃口!!出現確率0.05%のレア役ですよ!!役満の大三元のほうが!よっぽど出現確率が高いです!!!!!けど!!!和了れない!!!こんな!きれいな!手を!!和了れない!!!!役満じゃないから!!!!!かんべんしてくれ!!!!!……と心のなかで叫びながらわたしは東を切りました……
あとは、これは写真を撮り忘れたのですが、たしかメンタンピン一盃口ドラ2とかじゃなかったかな……その手を張っていたとき、わたしはカラ松兄さん役に徹しきれず、危険牌を切って振り込んでしまいました。「ツモられ貧乏」のカラ松兄さんは他家に振り込まない、危険牌は切らない、ていうかそもそも役満以外で和了れないんだから張ってようがなんだろうが意味ない、ということはわかっていたのに、わたしはあのとき、突っ張らずにはいられなかった。カラ松兄さんの打ち方を完全再現できなかった。
なぜか。
長年麻雀というものをやっているからです。
長年やっているといっても普通に弱いしただ楽しんでいるだけなんですが、麻雀歴は十年、そのあいだ、ずっと、「勝ちたい」と思いながらやってきました。麻雀というゲームは、「勝つものだ」と信じて疑わず、ただひたすら、勝ちを目指して打ってきました。それはべつに珍しいことでもなんでもなく、普通のことです。麻雀はゲームです。ゲームは前提として、自分の勝ちを目指すものです。ゲームをやるひとなら、そんなことは“信じて疑わず”というレベルではなく、自明のものとして体に染みこんでいるはずです。
“勝ちを目指すこと”は、あまりにも自明で、当然で、普通で、そして、カラ松兄さんの打ち方は、あまりにも異常で、だからわたしは適応できなかった。
聴牌しても和了らない。点数を稼がない。勝ちを目指さない。その打ち方をしているカラ松兄さんは理解の遥か彼方にいることを、カラ松兄さんの打ち筋をトレースして、わたしはこの身をもって、ようやく理解しました。
ゲームで、試合で、勝ちを目指さないということ。
麻雀ならば、まあ接待麻雀というものがあるので珍しくはないかもしれませんが、それにしたって「お偉いさんには負けてあげる」=「勝って気持ちよくなっていただく」=「麻雀は勝ちを目指すゲームである」という前提があるからなんですよ。カラ松兄さんは、そもそも、ゲームも試合もしていないんですよ。
じゃあ彼は、なにをやっているのか。
アートです。
カラ松兄さんは「手役アーティスト」です。
役満という、美しいかたちだけをひたすら目指す芸術家です。
狂気だと思います。
「役満縛り? ハハハ、そんなバカもまあいるかもしれないね」と思うかもしれません。
けれど、実際に卓について、カラ松兄さんのやりかたで麻雀を打ってみればわかると思います。勝ちを目指すことが、どれだけ自明のものとして染みこんでいるか。ゲームで勝ちを目指さないということが、どれだけ異常で、しんどいか。自身に染みこんでいる前提を折ってひたすら信条をつらぬくというのが、どれだけつらくてしんどくて、そしてそれをできる人間が狂っているか。
いや、カラ松兄さんは、“勝ちを目指す”というほとんどのひとが持つ大前提を「折って」すらいないのかもしれない。彼にはその前提がないのかもしれない。だとしたら、彼は正真正銘の、そして狂気の、芸術家です。

「芸術には狂気が必要だ」あるいは「才能は狂気と紙一重である」というような観念は古いもので、けれど現代でも多くのひとに馴染んでいるものなのではないかと思います。たとえば、ゴッホが自ら耳を切り落としたというエピソードを聞いたとき、多くのひとは「天才芸術家というのはそういうものなのだ」と思うのではないでしょうか。
ロンブローゾというイタリアの犯罪学者が、その著書『天才論』のなかで精神病患者と天才には連続性があると主張していまして、まあ古いもので当然批判もされており、そしてこれはかなり恣意的な引用であることは自覚のうえなのですが、彼が精神病患者に現れる「変質」として挙げているいくつかの特徴、そのなかの、
・記憶、美的趣味の能力の過大な発達
・病的虚栄心
・過度な独創性
・自己に対する過大な注意
・単純な事柄に対して神秘的解釈を加えようとする傾向
・象徴及び特別な言葉の乱用
なんかは、もう完全にカラ松兄さんじゃないか……と思ってしまいました。
(詳しくはこちらのページなどをご覧ください。『天才論』は『辻潤全集』五巻で読むことができます)
「芸術とは」「アートとは」、あるいは「天才とは」「狂気とは」ということは昔から論じられてきたことで、多くの著書が残っていますが、もうカラ松兄さんを“狂気の芸術家”としか見られなくなってしまったんですよね……

わたしはカラ松兄さんを、ただの“オレカッコイイ系クズ”だと思っていたんです。
オレカッコイイ系クズというのはわたしがついったーでよくわめいている、なにもかもを「オレカッコイイ」ということを描くためのシナリオに集約し、他人をストーリーを盛り上げるための脇役や小道具くらいにしか思っておらず、かつその自覚がないクズという人間なんですが、で、まあわたしがこの手の人間によくひっかかってきたという経験があり、「カラ松兄さんはオレカッコイイ系クズだ!アー!!!!!」と発狂しておりました。
2話冒頭でトド松がカラ松兄さんに「ナルシスト通り越してサイコパスだよ!!」とつっこむ場面がありましたが、あのシーンを見返すたび、わたしは「カラ松兄さんのどこがサイコパスなんだよ」とつっこんでいました。
六つ子麻雀でカラ松兄さん役をやるまでは。
というか、そもそも、「芸術には狂気は必要」、「才能と狂気は紙一重」的な考えも、わたしはもう古いと思っていました。そんな時代ではない、と。アートとは狂気でやるものではない、芸術と狂気は無関係だ、と。
が、「勝ちを目指さずひたすら美しい完成形だけを見すえる」ということを、麻雀という実際のゲームで行うことの異常さに触れた結果、もう、こうとしか思えなくなりました。「カラ松兄さんは狂気の芸術家である」、と。
それほどに、カラ松兄さんの打ち筋は異常なんです。どれだけこうして文章でわめいても、伝わらないかと思います。だってわたしも体験するまで、まったくわかっていなかったんです。カラ松兄さんを一時的にでも擬似的にでもトレースすることで、電撃に撃たれたように、ようやくわかったんです。
カラ松兄さんごめんなさい、と床に額をこすりつけたくなりました。
あなたはオレカッコイイ系クズなどではなかった。
あなたは正真正銘の芸術家だった。
それも、狂気にとり憑かれたタイプの。
屋根の上で、風の音を聞き、空のかおりをかぎ、日差しをあびるあなたは間違いなく芸術家でした。

カラ松ガールズのお嬢さまがたに、ぜひ、とおすすめしたいです。
麻雀のルールを覚えて、ネット麻雀などでちょっとやって慣れて、そうしたらぜひ、リアルな牌と卓を前にして、カラ松兄さんの打ち筋をトレースしてみてください、と。
そうすることで、カラ松兄さんの一端に触れることが叶います。

ただ忘れてはいけないのが、カラ松兄さんが「ツモられ貧乏」であることなんですよね。
役満のみを目指してめちゃくちゃな打ち方をしていれば、全ツッパのおそ松兄さんと同じくらい振り込むと思うのですが(三戦目、カラ松兄さん役のわたしはカラ松兄さんの打ち方を貫ききれず、かなり振り込みました)、あくまで「ツモられ貧乏」、振り込んで飛ぶのではないのです。
麻雀というゲームの場において勝ちを目指さず、その美学を貫ききってただ負けるのではなく、自らの失点は防いでいる。
これがどういうことなのかというのは、ひとによってとらえかたが違うとは思うのですが。
わたしはこの事実を、とても怖いことだなあ、と思います。
彼の狂気を、より増幅させる事実のように思えてしまう。
それを兄弟への捨てきれぬ情ととるか、狂気の側面であるととるか、またべつの解を導くかは、あなた次第ですが。
とりあえず、わたしは、あの、門前混一色二盃口を和了れたのに放棄したあの打ち方を、ふたたび体験したいとは決して思いません。ていうか二度とごめんです。ほんとうにつらくてしんどくて泣きたかったし、麻雀というものが、ゲームというものがわからなくなってしまいました。そのあとに、普通の自分の打ち方で普通の麻雀をやったのですが、カラ松兄さん役を経たわたしは「あれ、麻雀ってどういうゲームだっけ?」とゲシュタルト崩壊のようなものを起こしてブレまくり、結果はサッパリでした。

カラ松兄さんの打ち方は、常人には真似できないし、むりに真似しようとすると心に深い傷を負います。
カラ松兄さんは狂気の芸術家です。


……という話でした。

いろいろわめきましたが、っていうかおもにカラ松兄さんの打ち方まじつらかったしんどかったアーーーーーー!!!!!!!ということを言いたかったのですが、まあそれはさておきまして、六つ子なりきり麻雀、非常に非常に、楽しかったです!!ほんとだよ!!!!!おそ松兄さん役でトップとった一戦目なんかはもうひたすら気持ちよかったし!!そのあとラスだったけど!!
みなさんもぜひ、この機に麻雀のルールを覚えて、そして六つ子の打ち筋を真似してみてください。麻雀の打ち方には人生観が出るとはよく言いますが、あなたの推し松がどんな考えで生きてるのか、その一端に触れることができる(かもしれない)!!
2016.03.05 05:15|
本格的にここは一体なんのブログなんだ?という感じになってきていますが気にしない気にしない。

おそ松さん21話「麻雀」、後半で松野家麻雀が始まってからは、「オーラス知らずのおそ松」などという二つ名を完全に跳ね除け、圧倒的な強さを見せつけたおそ松兄さん。
そのおそ松兄さんの能力ってどういうものなんだ!!と気になったので、それを検証するためにとりあえず手牌を画像化して役を書き出し、点数はセリフで名言されているので見えないところは推測してみました。

……結果、ちゃんと場が連続していて、そして牌もちゃんと考えて描かれてるということがわかりました。無双モードのおそ松兄さんについては和了り方とともに順次見ていきます。
あと今回は用語やルールの説明をしていないので、わからない方はぐぐったりひとつ前の記事を見てみたりしてね!


一索三索五索六索七索南南ポン白横白白チー横七索五索六索ロン二索
5800が6100になっているので一本場、この前に一回和了ってることになるけど描写はここから。
混一色、白で30符3翻の一本場は5800の6100。

まず一本場。鳴いていてロン和了りなので、まあこれくらいなら「オーラス知らずのおそ松」と言われていたおそ松兄さんでもありえるかな、という感じのする和了りです。
※追記:あっでもこれちゃんと見たら567sで一盃口を狙える手牌になってる……綺麗に和了りたがるひとだったら、ここで鳴かずに一盃口を目指しちゃうんじゃないだろうか……けどいまのおそ松兄さんは親だから、連荘することに重きを置いて鳴いて早和了りするという判断をしたことがわかります。勝ち続けるところを弟たちに見せなければならないという意志を感じますね……

二萬二萬六萬六萬二筒二筒中三索三索九索九索北北ツモ中
3200オールは3400オールで10200。なのでこれが二本場。
七対子ドラドラで50符3翻の二本場は9600の10200。
すいません点数計算ミスってました……これはリーチ、門前ツモ、七対子で25符4翻、二本場は9600の10200ですね……

ただ次の二本場からもう明らかに事情が違う。なにしろ「絶好のテンパイ型なのにリーチをかけていない」!カラ松兄さんのナレーションによれば「カンチャンペンチャンはもちろん、単騎の即リーも厭わない」んじゃなかったの!?これ、リーチかけるかはそのひとの打ち方によると思うんですが、わたしは中が生牌でもリーチかけます……かけたくなる形です。七対子で字牌待ちなら、生牌でもリーチかけちゃうひとはいるだろう。なのに、テンパイ即リーのはずのおそ松兄さんがリーチをかけていない。なぜか。ドラが2枚あり、点数が高めだと確定しているからです。点数が高め→黙聴。もうこの時点でカラ松兄さんナレーションによるおそ松兄さん評は崩れています。頭を使って戦略を立てている!!押せ押せじゃない!!さらにツモ和了りしている!運が!彼に味方している!!
※追記:大っ変申し訳ありません!!点数計算ミスっていたので書き直しです!これ七対子を50符1翻じゃなくて25符2翻のルールでやってて、リーヅモ七対子の4翻で9600だね……というわけで、おそ松兄さんはここではリーチをかけています。しかし打ち筋は変わらないと思います。リーチをかけないと、出和了りで2400点。後にわたしが仮説を立てている、「おそ松兄さんのリーチ基準は3900前後」という通りの打ち方です。ドラドラではなかったので、よりリーチをかける基準がきっちりしている、そしてドラ頼みではなく、鋼の意志により強烈な引きを見せているということになった……

六萬七萬八萬九萬八筒八筒八筒發發發南南南ツモ:?
6000オールは6300オールで18900。三本場。
リーチ、門前ツモ、發、裏ドラ3の、50符6翻で跳満。
これ萬子の数字が全然読めないんだけど、ノベタンは確定。跳満いってることから裏ドラの南が乗ってて、緑の牌3枚は役牌だと思われる。

三本場。前局ではリーチをかけなかったおそ松兄さんが、今度はリーチをかけています。リーチかけずに出和了りだと2400の手。それでは低すぎる、そして場を見てノベタンになっている和了り牌が場に出るかツモれる確率が高いと予測したのでしょう。さらにここで注目すべきは、裏ドラが乗っていることです。頭を使っている!うえに!強運が!彼に!味方している!!!
※追記:前局でもリーチかけていましたね、申し訳ありません……ただこの後のリーチをかけずに和了った五本場、七本場を見るに、やはり3900未満、以上のあたりでリーチ基準を設けているのと、その基準がとても厳密であることがわかるかと思います……

二萬二萬六索七索八索一筒一筒二筒三筒四筒七筒八筒九筒ロン:?
1500は2700なのでこれが四本場。
リーチのみ、30符1翻の四本場は1500の2700。

ここではリーチのみで和了っています。役なしでリーチかけないと和了れないので、これが無双モードに入る前の、カラ松兄さんによるおそ松兄さん評でもまあ納得するんですが、ここまで、この後のおそ松兄さんのリーチ基準を考えると、単なる即リー押せ押せの麻雀ではないことがわかります。

三萬三萬四萬五萬五萬四索五索六索七索七索八筒八筒八筒ツモ四萬
2000オールは2500オールで7500。五本場。
門前ツモ、断么九、一盃口で30符3翻の五本場は5800の2500オール。

さて、次。三局連続リーチをかけたおそ松兄さん、ここでリーチをかけていません。テンパイ即リーであるはずの、「オーラス知らずのおそ松」兄さん像が崩れ去りました。ロン和了りなら3900点なので、まあ他家の状況にもよるのですが、わたしなら絶対リーチをかけます。親ですし、連荘狙いならたとえ終盤だったとしてもリーチをかけるべきところです。しかしおそ松兄さんはリーチをかけていない。なぜか。3900点の和了りでも、確実に稼ぎにいく、ということだと思います。出和了り3900の手をリーチをかけないということは、無双モードに入ったおそ松兄さんはリーチをかける基準をかなり厳しめにしている=テンパイからの連荘だけが狙いなのではなく確実な和了りを目指している、テンパイ即リー全ツッパの「オーラス知らずのおそ松」とはもうまったく別人だということだ。一発や裏ドラ狙うよりも、他家の手止めよりも、確実に和了ることに重きを置いている。このおそ松兄さんは、“頭を使って”“勝ちに”、点数を稼ぎにきている、和了り続けて、弟たちを圧倒することを至上の目的としている……

次局:テンパイ
和了らずにテンパイで連荘になることもあるんだ……というわけで、このおそ松兄さんがオカルト的な能力を発揮しているわけではない、考えて打って、和了りを目指してきちんとゲームをしていることがわかります。

南發發發北北北五索六索七索一筒二筒三筒ツモ南
1300は2000オールで6000。ということは七本場。
門前ツモ、發、40符2翻の七本場は3900の6000。

ここでもおそ松兄さんはリーチをかけていません。出和了りなら2400の手。しかし七本場にもなると積み分だけで2100点になるので、合計4500です。ここから推測するに、おそ松兄さんはおそらく3900あたりを目処に、リーチをかける・かけないの判断をしているんじゃないでしょうか。これはカラ松兄さんから全ツッパと言われた、カンチャンペンチャンはもちろん単騎の即リーも厭わないと言われた人物だとは考えられない低め、厳しめの基準です。わたしならリーチかけるし、連荘が続いているなら調子づいてリーチかけたくなるところだろう……なにより、ここまで連荘している親なら、リーチをかけるだけで他家の手止め効果があるのに。リーチをかけないおそ松兄さん。もう「オーラス知らずのおそ松」はここにはいません。ああ……

次局、声のみ。「ロン、9600は12000」ということは八本場。
100符ということはまあないだろうと思うので、50符3翻でしょう。
ここに来てまた高めの手を和了っています。
※追記:トド松チョロ松はリーチがかかったら振り込まないと思うので、そしてカラ松兄さんは振り込むのではなく「ツモられ貧乏」なので(そのあたり、カラ松兄さんも計算してやってる感じがあるよね……)、黙聴の門前ロンで和了ったんじゃないかなあ……

次局も声のみ。「ツモ、4000オールは4900オール」ということは九本場。
親の満貫です。
九本場に来て満貫です。この時点でおそ松兄さんの点数は103100点。もう誰か一人は確実にマイナスになっています。


はい、アニメで描かれたのはここまででした!!

……わたしこれ、松野家麻雀で無双モードに入ったおそ松兄さんは、絶対攻撃時間に入った十四松のようになんらかのオカルト的存在になっているのではないか、和了り方にもそれが表れているはずだ、だったらおそ松兄さんはどういう能力を持っているのだろう、気になる!!と思って始めたんですが、ここまでやってわかったことは、これ、かなり“頭を使って”やっているひとの和了り方だ……ということです……麻雀マンガにありがちな異能力っぽい感じが全然しない……いや、描かれた八回のうち、五回がツモ和了り、しかも七対子のときはドラドラ、三本場では裏ドラが乗っているので、かなり運も味方しているんですよ。しかしまず根本に、「頭を使っている」というのがある。バカヅキしているだけの、運だけで勝っている感じではない。リーチの基準を3900かそれより低く設定して和了りを目指すって、もうその時点でそれまでのおそ松兄さんとはまったく別人だろう……

無双モードのおそ松兄さんの和了り方になんらかの規則性を見いだせれば、と思ったんですが、つねにドラが集まったり染まっているわけでもない、鳴き麻雀をするはずのトッティやデジタルのチョロ松(しかも両者本気を出しているはず)よりも早く和了っているという点でかなり頭を使っている、そして同時に流れとツキが彼に味方している、が頭で計算している部分が圧倒的に大きい、という結論に達しました……

もともと『咲-saki-』で言うならおそ松兄さんは誰タイプかなあ?と思いながらやってたんですが、強いていうなら姫松高校の末原さんタイプなんじゃないだろうか……十四松のようなオカルトタイプの異能力者ではなく、凡人が努力と研鑽を重ねてたどり着いた境地、そしてそれに牌が応えているという風に感じます……ああおそ松兄さんよ……

※追記
また勢いだけで書いてしまったので追記を……最初、メモったおそ松兄さんの手牌をざっと見たときに、この連続和了っぷりに「これはチョロ松の理想とするデジタル打ちを極めたらこうなるんじゃないか?」と思ったんですけど、この無双おそ松兄さん、デジタル打ちよりよっぽど厳しい基準で打ってると思うんですよね。河が見えない、何巡目かもわからない、他家の状況もわからないので、この和了り牌だけで断言はできないんですが、トッティは他家が張ったらベタオリ、そしてデジタルのチョロ松は他家がリーチをかけてきた時点で二向聴ならばオリるはずなので、親の連荘狙いなら、手止めのためだけにでも、テンパったらリーチすると思うんですよね、デジタルの場合。特に七本場なんかは、デジタル打ちで早い段階ならリーチをかける場面じゃないかと思います。しかしおそ松兄さんはリーチをかけていない。デジタル打ちより基準を厳しく設けていることになります。
オカルトを信じないデジタル打ちより、さらに厳しいおそ松兄さん無双モードの打ち筋。
ただだらだら連荘すればいいというのではなく、明確に“勝ち”だけを狙いに、弟の息の根を止めにいっている。
デジタル打ちによる牌効率よりも、オカルトじみた「ツキ」や「流れ」よりも、なにかもっとべつのものを確信として持って打ってるんだな、という気がしてなりません。それはここでおれは勝ち続けなければならない、という鋼の意志なのではないか、そしてそれに牌が応えて実際に連荘が続いていることがなんとも……というのがわたしの感想です。意志というか、執念というか、なんだろう……

これ、「おそ松兄さんが本気出したらだれも敵いませんでした!」ということだけを描きたい場合、べつに満貫跳満の連発でもよかったと思うんですよ。打ち筋は「全ツッパ」「押して押して押しまくる」と言われていたおそ松兄さんのまま、ツキがすごく流れ込んできました!っていう描写でも、べつに大きな問題はないんです、ギャグとしては。逆におそ松兄さんが振り込んだときなんかは、「ロン!12000!」「ロン、12300!」「ロン、18000」って、「ひたすら高い手に振り込んじゃいました!」という描写をされているし、十四松の絶対攻撃時間も「ツモ!」を繰り返すだけの描写だったので。
それをせずに、牌と和了り方を細かく描き、ここにいるおそ松兄さんは「オーラス知らずのおそ松」ではない、頭を使って、ただひたすら“勝ち”を見据えた打ち方をしている長男なのだと示してくるあたり、ほんとうに、ほんとうにおそ松さんは……という感じです……


※※さらに追記
あらためておそ松兄さんの和了り方を見返していたのですが、描かれた八回中、五回がツモ和了り、三回がロン和了り。五回ツモ和了りするだけの運が、というか場が彼に味方しているということなのですが、残り三回をロン和了りっていうのもすごいと思うんですよ。なぜならトッティは他家が張ったらベタオリ、チョロ松はデジタル、そしてカラ松兄さんは役満を狙っていてめちゃくちゃな捨て牌をするように見せかけて、実は和了らないだけで普通の手作りをしている、そして「ツモられ貧乏」であり、振り込んで飛ぶのではない=守備は堅い。この三人から和了るのって、かなり難しいことだと思うんです。で、ロン和了りをした一本場、四本場を見ると、特別待ちがいいとか多面張であるというわけではない=単に和了り牌の残り数だけを考えているのではない、なのにロン和了りをしている。これはかなり頭を使って、もう「こいつならこれを出すだろう」と直撃狙いくらいの気持ちでいったのではないかなあという感じがします……
麻雀にはそのひとの人生観が出るとはよく言いますが、おそ松兄さん……

2016.03.03 02:14|
はい!!!!放映されましたね、おそ松さん21話、「麻雀」!!!!!麻雀!!!!!!
正直ガチ麻雀をやるとは思っていませんでした。打ち筋妄想(いっこ前の記事だよ)とかしてたけど、六つ子のことだしどうせはちゃめちゃなことやるんだろ~(最後ははちゃめちゃになったけど!)と思ってました。前半は普通のガチ麻雀でした。
松と麻雀が大好きでよかった、めちゃくちゃおもしろかったしめちゃくちゃ笑ったし、そしてただ麻雀をやってるだけにも関わらず、いつもと変わらない圧倒的な情報量に窒息しそうでした。松ヤバい。

麻雀回を観たあとはなにかしらそれを受けたものを書こうとは思っていたのですが、ついったーのTLで「麻雀まったくわからないので解説待ち」とおっしゃってる方が意外に多かったので、解説&考察に見せかけた妄想を書こうと思います。
麻雀をまったく知らない方にも少しは雰囲気が伝わるように……そして知っている方にも楽しんでいただけるように……書くぞ……!

ちなみに麻雀のルールや用語、役の説明などはかーなーり簡略化して細かいことは省いています。麻雀をご存知の方から見ると「説明たりねーだろ!」と思われるかもしれませんが、そこまでの説明はここではいらないだろう、と意図的に簡略化しておりますので、ご容赦ください。



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*麻雀のルール*
ここでは最低限のことだけ説明します。麻雀は、
二萬三萬四萬七筒八筒九筒三筒三筒三筒北北北七索七索
こんな感じで、14枚で形を完成させるゲームです。まず最初に13枚が配られ、山(伏せて積み上げられている牌のことです)からひとつ持ってきて(これを「ツモる」と言います)、いらないのをひとつ捨てて(これを「切る」と言います)、ということを繰り返してゆき、一番最初に形を完成させたひとが得点をもらい、最終的に一番点数が高かったひとが勝利、という、まあ基本は単純です。13枚の形が揃い、14枚目を自分でツモってくるか、あるいは他の人が切るかして完成形となることを「和了り(あがり)」と言います。
画像を見ていただけるとわかると思うのですが、基本、形は3つ、3つ、3つ、3つ、2つ、の組み合わせで作らなければなりません(例外もあります)。この3つというのは、たとえば画像のように2・3・4だとか7・8・9だとか連続した数字を3つ作るか(これを「順子(シュンツ)」といいます)、3・3・3、北・北・北のように同じものをそろえるか(これを「刻子(コーツ)」といいます)しなければなりません。残りの2つの組み合わせは同じもの2枚でなければならず、これをアタマとか雀頭(ジャントウ)とか言います。牌の種類は、一萬、二萬などの漢数字に「萬」がついた萬子(マンズ)、小さい丸が描いてある筒子(ピンズ)、竹みたいなのが描いてある索子(ソーズ)、そして東西南北などの字が書いてある字牌があります。
というわけで、数字が連続しているか、あるいは同じ種類の牌の同じ数字か、同じ字牌で3つの組み合わせを4つ、同じ牌2枚のアタマを1つ揃えることを目的とする、基本そこだけ抑えておいていただければなんとかなる……と思います!
と思ったら大切なことを忘れてた!役だ役!形を揃えても、麻雀は「役」というものが最低ひとつないと和了れません。リーチも役のひとつです。有名かつよく出やすいのは「タンヤオ」や「ピンフ」などですね。ちなみに上の画像は、役がなにもないので、リーチをするか、和了り牌を自分でツモってこないと和了れません。あっ、あとあと、牌は34種類あり、1種類4枚です。
※追記:あとこれも説明しておいたほうがよかった……通常、麻雀は各家25000点もって始めます。これを覚えておくと、おそ松兄さんが十四松に振り込んだ12000点や、カラ松兄さんが張っていたのに和了らなかった手がどれだけ高い点数かがわかると思います。

あ、あとそれから!文中で記載する際、萬子はm、筒子はp、索子はsとしています。



*東一局6巡目(?)*
さて、まずは雨の夜、OP後に始まった東一局を見ていきます。ちなみに麻雀は、東南西北(トンナンシャーペー)、それぞれ一局~四局まであるのですが、現在は南四局までの半荘戦(ハンチャン)と呼ばれるものや、東四局までの東風戦(トンプウ)と呼ばれるものが一般的です。
ていうかここで詳細に描かれるのは一巡のみで、たった一巡で読み取れるものがあるのか?感じなんですが、麻雀がわからない方向けに、あそこでは一体なにが行われていたのか、を解説したいと思います。
後にカラ松が述べる各キャラの打ち筋は、とりあえず一旦置いておきます!

おそ松兄さんがリーチをかけました。
自分の手牌は常に13枚あるわけですが、あと1枚で形が完成する状態をテンパイと言い、リーチというのは「おれの手作りは完了したぜ!あとは待つのみ!」と周囲に宣言することです。リーチをしたら、それ以降、手牌はいじれなくなるので、誰かが自分の和了り牌を捨てるか、自分で自分の和了り牌をツモってくるのを待つのみになります。テンパイしている人の和了り牌を捨ててしまったら(=このことを「振り込む」と言い、和了った人側からは「ロン和了り」と言います)その人が点数を支払い、テンパイしている人が自分で和了り牌を引いてきたら(これを「ツモ和了り」と言います)他の三人が点数を支払うことになります。なので誰かがリーチしたら、和了り牌を捨てないようにしつつ、その人より先に和了ることを目指さなければならなくなります。あるいは、もう自分の和了りを完全に放棄してひたすら振り込まない牌を捨てていく(これを「ベタオリ」と言います)こともあります(自分の捨てた牌では和了れないので、リーチした人が捨てた牌と同じものは絶対安全です。これを「現物(ゲンブツ)」と言います)。振り込まないようにしつつ自分の和了りを目指すには、リーチした人が捨てた牌を見て、どういう手牌なのか、なにをツモッてきて、なぜその牌を捨てたのかなどを考え、「この牌はヤバいんじゃないか」「ここは安全だろう」と、危険な牌を予測しなければなりません。

さて、ここでおそ松兄さんの捨てた牌を見てみましょう。
南九索七筒一萬四萬横北
捨て牌が6枚あるので、6巡目リーチです。
……6巡目?これ、おかしいんですよね。チョロ松が起家(チーチャ、一番はじめの東一局の親のこと)で親(一番最初にツモッて捨てる人、その人から反時計回りに東南西東となり、順番にツモッていくことになります)。東南西北の順に、チョロ松、トド松、十四松、おそ松。なので、ツモ順はおそ松が一番最後。おそ松の捨て牌が6枚あるなら、他の三人も6枚で、チョロ松が捨てるのは7枚目じゃないとおかしい。なのにおそ松が6枚、他三人は5枚。……たぶんまあ単純な脚本のミスだと思うんですが、最初はおそ松兄さん親で設定してたのかなあ、と邪推してしまいます。
まあそれは置いておいて!便宜上6巡目と言うことにして、おそ松兄さんがリーチをかけた後の他家の反応を見ていきましょう。
各家、捨て牌に関しては画面が不明瞭なため、クエスチョンマークをつけており、実際には違う可能性があります。

・チョロ松
捨て牌:北西八索九索八索

手牌:二萬三萬七萬九萬二筒二筒四筒五筒南南發發發ツモ六筒

セリフ:「チッ、早いな……手役は何だ。タンピン系と読むのが妥当、そしてたぶん好形だろうね。リーチ宣言牌の北は場に2枚切れの安牌。両面両面の一向聴だった可能性が高い。つまり……ツモ切りの四萬筋ならまだ通りやすいか」

結果:七萬切り

チョロ松、ここで2m3m7m9mのいずれかを切れば一向聴(イーシャンテン、あと一つ有効牌が来ればテンパイになる状態であること。あと二つなら二向聴(リャンシャンテン)、三つなら三向聴(サンシャンテン)です。ちなみに牌が配られた最初の状態では、三〜四向聴が平均だと言われています)です。チョロ松は親です。親というのは、和了ると点数が子のときの1.5倍になり、さらに和了り続ければ連荘(レンチャン、自分の親を続けられる)できます。ですが、他家がツモ和了りをすれば、子の1.5倍の点数を支払わなければなりません。なので、親番では多少突っ張ってでも連荘のために和了りを狙うのがまあ一般的です。

さて、ここでチョロ松は一体なにを言っているのか。
おそ松兄さんの手牌はどうなってるんだろう? 捨て牌を見る限り、たぶんタンヤオ(1・9・字牌を一切使わない役)とピンフ(アタマ以外がすべて順子で、アタマが役牌ではなく、かつ待ちの形が両面待ち(リャンメンまち、5・6と持っていて、4か7が来たら和了りというような形)の役)を作っているだろう。そして待ちはいい(=和了れる牌の種類が多い)。そしてリーチ宣言牌(テンパイした際に捨てた牌、横にした牌)が、他のヤツがすでに捨てていて、河(みんなが捨てた牌)にもう2枚出ている牌。ということは、北をリーチ宣言用の牌として保持していた可能性がある(リーチした後、その巡でロン和了りするか次の巡でツモ和了りすると「一発」という役がついて点数が上がりますが、他家がポン(人の捨て牌をもらって刻子にしてその3枚を見えるようにさらすこと)、チー(人の捨て牌をもらって順子にして以下同じ。これらを「鳴く」と言います)をすると一発がなくなります。これを一発消しと言いますが、一発消しを防ぐため、絶対に鳴かれない牌をリーチ時用の牌として保持することがあります)。リーチ宣言牌を保持し、その状態で7pや4mなどを切る余裕があるということは、待ちがよっぽどいい状態だったんだろう。たとえば23456mなどを持っていて、147mの三面張(サンメンチャン、和了り牌が3つということ)などの可能性もあるし、普通に考えても両面待ちだ。が、4mはおそ松兄さんの捨て牌にあるし、しかもツモ切り(手牌から出して捨てたのではなく、引いてきた牌をそのまま捨てた)。ということは、2・3を持って1・4を待っている可能性や、5・6を持っていて4・7で待っている可能性はないと考えられる。7mは和了り牌ではないはずだ。

……ということです……長いうえに補足説明が多すぎてごちゃごちゃしてるね!ごめんね!まとめると、つまり、自分の勝ちを放棄せず、きちんと思考し、その結果わりと強気に出たということです!
えーと、感想を言うと、これは麻雀を打ち始めてキャリアが長い人の思考という感じです。初心者はまずここまでは考えられない。さらに、チョロ松は南という安全牌(おそ松兄さんの現物)を持っているので、日和った思考の人ならここで南切りしちゃうんじゃないだろうか。が、親なのでそうはせずに、自身の和了りを捨てず、きちんとおそ松兄さんの捨て牌から危険牌予測をしているので、経験が長い人の一般的な打ち方だなあという感じがします。
リーチが早いとタンピン系とはよく言われるけど、それは根拠に基づくものではなくいわゆるオカルトですね。チョロ松はそういう理由でタンピン系と判断したのではなく、おそ松兄さんの捨て牌に字牌と9sや1mがあることからそう判断したんでしょう。


・トド松
捨て牌:八萬九萬北一筒三筒

手牌:五萬六萬七筒九筒一索三索四索六索八索八索白中中ツモ西

セリフ:「七萬?一発目に?おかしいよ、親番だけど、打ったのがチョロ松兄さんだからな……向聴……聴牌?でも聴牌なら、東発親番を理由に即リーで追いかけてもいい。いや、六萬のワンチャンスって可能性もあるね。でも、生牌……ペン七萬やシャンポンも否定できないのに……ま、とにかくこの手、押す理由はないね」

結果:七筒切り

トッティは一体なにを言っているのか。
リーチ一発目にチョロ松兄さんが切ったのが7m?場にまだ一枚も出てない牌を切るなんて……89mで7mを待ってる可能性とか、シャンポン待ち(3つのセット3つが完成状態、残りが例えば55・77などでどちらかが来れば和了れる待ちのこと)の可能性だってあるのに、そんなとこよく切れるな……ぼくから見るとチョロ松兄さんが切った7mはわりと危ない牌に見えるけど……そんなところを切ってくるということは、チョロ松兄さんもテンパイしてるのかな? おそ松兄さんだけじゃなくてチョロ松兄さんもテンパイかよ!ぼくの手は良くないし、オリよう。おそ松兄さんが捨ててる絶対安全牌の7p切りで。

ということですね。
ただこれ、わたし「六萬のワンチャンスって可能性もあるね」の意味がどうしてもわからないんですけど……
麻雀における「ワンチャンス」と言うのは長くなるので説明を省きますが(こちらを参照してください!)、6mのワンチャンというのはありえないので、あるとしたら「6mを壁にしたワンチャン」なんですが、6mはトッティからは2枚しか見えていないはずなんですよね(自分の手牌と十四松の捨て牌)。ううん……?となったんですが、どなたかこれわかる方は教えてください……
※追記:ご指摘いただいたので追記!これたぶん、「トッティから見て6mがワンチャン」ということではなく、「『チョロ松から見て6mが壁になっているので7mがワンチャン』だとトッティは予想している」ということですね!
上で「ワンチャンス」について説明したページをリンクしているのでいらないかとも思うのですが、一応解説しておきます。たとえば手牌のなかに6mが2枚あって、場には6mが2枚捨てられているとします。そうすると、自分からは6mは4枚すべて見えていることになりますね。と、すると、ほかの誰かが、5・6を持っていて4・7を待っている、6・7mを持っていて5・8を待っている、という可能性はなくなるので、4578mは安全だという推測ができます。ただし、4は2・3を持っていて待たれている可能性、5は3・4を持っていて待たれている可能性があるので除外、なので、6mが4枚見えている場合、6mが「壁」になっていて、7m8mが「ノーチャンス」と言います。これの1枚少ない、3枚見えている場合が「ワンチャンス」です。残りの1枚を誰かが持っている可能性があるのでノーチャンスより頼りにはなりませんが、ほかに推測する要素がないときには頼りになります(もともとノーチャンス・ワンチャンスという考え自体、両面待ちにしか通用しないんですけれども)。
で、ここでトッティは、6mは自分の手牌に1枚、場に1枚捨てられているので、残り2枚をチョロ松が持っている=チョロ松から6mは3枚見えている、よって、チョロ松は6mを壁にして7m8mをワンチャンスと考えて7mを捨てたのではないか……と、予測しているということになります!なるほど!そういうことだ!


つまりトッティはリーチしたおそ松兄さんに続いてチョロ松もテンパイしていると予想して、自分が和了ることはあきらめ、振り込まない安全牌だけを捨てていくことにした、というわけです。
感想としては、6巡目でおそ松兄さんテンパイ、チョロ松一向聴、十四松一向聴なのに、トッティは三向聴なんですよね。お兄ちゃんたちと比べて運悪いね、トッティ!いや6巡目一向聴は十分早いので、お兄ちゃんたちが配牌と引きがいいって考えるのが普通なんですが、比べると不憫になってしまいますね……
で、この思考ですが、ビビリすぎ考えすぎという気がします。早いリーチはそこまで考えても仕方ない、とりあえずスジでいくくらいしかない。まあトッティのこの手牌なら分が悪いので誰でもベタオリだと思います。ベタオリなんだから、そこまで考えずに現物から捨てていけばいいよ……

・十四松
捨て牌:九筒二索七索六萬發

手牌:一萬一萬二萬三萬八筒八筒五索五索東東北中中ツモ三筒

セリフ:「七筒……?オリたな。今のうちに立直者の現物を切っておいて、後々追いかけ立直が飛んできそうな親に対しての危険牌を先に処理したんだね。にしても、気になるのはドラがどこにあるのか……七対ドラドラだから、簡単にオリるわけにはいかないけれど……立直者は三巡目にドラ表の七筒を手出し……で、その後に一萬四萬……つまり、あの七筒切りで、ドラの対子を固定したんじゃないかな。(8p・8p?)ってことは……メンピンドラドラで満貫?それか、タンヤオがついて、裏まで乗れば跳満まで……でもなあ……そうなると何で親は押したんだろう?ドラやダブ東はないはずなのに……あっ、もしかして、結構筒子に染まってるとか?ううん、ドラはあっちかも!」

結果:北切り

さて十四松はなにを言っているのか。
トッティが捨てたのはおそ松兄さんの現物の7p、ってことはもうあきらめたのか。でもただ現物を捨てたわけじゃなく、それはテンパイ気配のあるチョロ松兄さんに危なそうな牌でもある。それをチョロ松兄さんがリーチする前に先に切っておくとは、よく考えてるな……で、ドラはどこにあるんだろう。ぼくの手はかなり高めの点数を狙える手だから、和了りをあきらめたくない……けど、おそ松兄さんは1mや4mを捨てる前、かなり早い段階にドラ表示牌(伏せて積み上げられている牌の中で、一枚だけ表向きにされているもの。これの次の数字の牌(1だったら2が、2だったら3が)「ドラ」というものになり、和了ったときにドラが手牌にあるとある分だけ点数が上がります)の7pを手牌の中から捨ててる。あんな早い段階で捨てるということは、ドラである8pを2枚持っていて、それをアタマとして固定したかったからじゃないかな。もしドラを2枚持ってるなら、高得点確定、裏ドラ(リーチをして和了ると、さらに裏ドラというものができます。効果はドラに同じ。リーチしなかった場合、裏ドラはありません)が乗ったらさらにヤバい!おそ松兄さんの点数高そう!……でも、じゃあなんでチョロ松兄さんはリーチ一発目にあんな牌を切ったんだろう?ぼくがドラを2枚持ってて、おそ松兄さんが2枚持ってるなら(牌の数は一種類4枚です)、チョロ松兄さんはドラを持ってないし、東(親から反時計回りに東・南・西・北、となり、自分の方角の字が書かれている牌を刻子として3枚集めると、それが役になります。また、東場は東が役に、南場は南が役になります。つまりチョロ松が東を3枚集めれば、自分の風、さらに今は東場なので場風となって、役が2つ分となります。親のダブ東は点数高いので「ちっ」って感じです)もぼくが2枚持っているから、チョロ松兄さんが3枚揃えているということもない。それでも強気な牌を切ったということは、もしかして筒子で染めてる?(3種類のうち、1つの種類の牌だけで手作りすることを「染める」と言います。高得点なので、警戒しなければいけません)さらに、もしやドラはおそ松兄さんじゃなくてチョロ松兄さんが持ってたりする!?

……というわけです。長い!要は、自分も高得点いけそうな手になっているので、あきらめたくはない。チョロ松兄さんも点数高い手ができてそうでヤバい。でもオリたくない。運良くおそ松兄さんとチョロ松兄さんの現物があったから、ここはひとまずそれを捨てよう!という感じです。

十四松、七対子(チートイツ、通常の3枚のセット×4、アタマ1組ではなく、2枚の組み合わせを7つ作る役です)ドラドラの一向聴ですね。リーチをかければ満貫(マンガン、8000点の高得点)以上確定です。さらに鳴いても役牌(場風牌、次風牌、白發中のどれかを3枚揃えれば一役)対々和(トイトイホー、手牌をすべて刻子で作る役)にできそうないい手です。6巡目にこの手ができあがっているというのはなかなか引きが強いと思います。
感想としては、十四松がトッティに対して予想していた「オリるときにただ現物を捨てるのではなく、他家の危険牌になりそうな牌を先に処理する」というのは麻雀にある程度慣れている人にはよくある打ち方で、さらにそれを自分が実践しているのではなく、「あの捨て牌はきっとこういう思考で捨てたんだろう」と他家に対して分析するあたり、あとドラの場所を気にして予測するあたり、十四松もちゃんと頭使って考えてんな!株やってるくらいだもんな!そして6巡目にこの手牌、かつ安全牌を持っているあたり、運がいいな!そりゃ株で儲かるわ!という感じです。


で。
この局では、結局誰もおそ松兄さんの和了り牌を捨てず、そしておそ松兄さんもツモらず、流れということになりました。流れた場合、テンパッている人は自分の手牌をさらします。おそ松兄さんはどんな手牌だったかというと……
西西七索七索七索三索四索五索一筒二筒八萬八萬八萬待ち三筒

……というわけでした。
えーと、これは裏ドラが乗らなければ、役はリーチのみ、1000点です。点数としては最低です。そして待ちはペンチャン待ちと言われる、1・2を持っていて3を待つ、8・9を持っていて7を待つという、まったくよくない形。
チョロ松、トド松、十四松が散々考えを巡らせ、いずれの3人もおそ松兄さんの手は高いものだと予測し、トド松はベタオリ、チョロ松・十四松はおそらく必死に回し打ち(振り込まないように危険牌を避けて切りつつ、自分の和了りも目指すこと)をしたにも関わらず、ふたを開けてみたらこれです。振り込んでも全然痛くなかった。1000点くらい振り込んでもなんでもありません。三人としては、そりゃねーよあーーーー振り回された!!!!!!という感じだと思います。

……というわけで、とりあえず、冒頭で展開された東一局のあの一巡を解説してみました。
三人はえええそんな手かよ!!!!という反応をしていましたが、実際は安手なのに高い手だと思わせて警戒させることに成功しているので、おそ松兄さんのこの手が六巡目で揃えば、リーチをかけるのはおかしくないと思います。これはまあほんとうに個人個人の麻雀観によるのですが、わたしはテンパイ即リー(テンパイしたら、よりよい待ちになったり高い点数の役ができるのを待たず、即リーチをかけてしまうこと)は麻雀において正しいと思っているので……



*カラ松が語る六つ子の打ち筋*
で!次はカラ松ナレーションで送られた、六つ子それぞれの打ち筋についてです。

・おそ松:「おそ松の麻雀ポリシー、それは全ツッパ。カンチャンペンチャンはもちろん、単騎の即リーも厭わない。しかも一度鳴いたらオリない。親リー相手だろうが押しの一手。押して押して押しまくる!ゆえに……(十四松「ロン!12000!」「ロン!12000は12300!」トド松「ロン!インパチ」)守備力が皆無!飛び率が100%! オーラス知らずのおそ松!」

「全ツッパ」というのは、他の人がリーチをかけようと、テンパイ気配があろうと、絶対オリずに危険そうな牌でもがしがし切っていく打ち方のことです。カンチャンとは、5・7を持っていて、6を待っているというような、真ん中待ちの状態。ペンチャンは、1・2を持っていて3を、8・9を持っていて7を待っている状態のこと、単騎待ちは、2枚揃えなければならないアタマを1枚しか持っておらず、それがもう1枚来るのを待っている状態で、いずれも待ちとしては全然よくありません(よい形の待ちとしては、三面張=和了り牌が3つ、四面張、五面張などは普通にあるし、さらに八面張などということも有りえるので)。上で述べましたが、親は和了った場合、得点が子の1.5倍となるので、親がリーチをした場合は即オリる判断をする人も多いです。が、おそ松兄さんは突っ張る!オリない!どんなに待ちが悪かろうが点数が低かろうが目指すのは自分の和了り!!ヒュゥーッ!!

まあそれで飛んでれば(飛ぶ=点数がマイナスになることです。通常は、誰かが飛んだらその時点でゲームは終了になるのですが、続ける場合もあります)世話ないのですが、でもおそ松兄さんみたいな打ち方をする人、普通にいっぱいいます。リーチ率が高いから、やってて楽しいんですよ。リーチかけられるの、気持ちいいんです。あとフリテン(和了り牌を自分で捨てていてしまって、ロン和了りができないこと)が一番悔しいし、考えるのも待つのも嫌だから即リーチというその姿勢、すごくわかります。そしてこの打ち方は、というかこの打ち方をしているおそ松兄さんは、それで飛んでも後悔しないんじゃないかと思います。後悔するようなら打ち方変えるでしょう……自分のポリシーを、生き方をつらぬくおそ松兄さん……
この打ち方、かなりギャンブルにのめり込むタイプの打ち方だなと思います。負けてもいいから賭ける!だって勝てたら気持ちいいから!勝つところを想像するのは気持ちいいから!戦略的に撤退するよりも、そっちの快感のほうがずっと大きいから!!なによりおれは勝てるって信じてるから!!!
……というノリで、麻雀に限らず競馬でもパチンコでもがしがし突っ込むんでしょうね、おそ松兄さん……その姿勢、嫌いじゃないです。


・トド松:「一方トド松の麻雀は一味違う。最速最強を謳う鳴き麻雀。スピードだけじゃない、時にはあえて下家に甘い牌を下ろし、ライバル同士の潰し合いを演出!ただし……(十四松「立直!」一松「立直」チョロ松「ポン」トド松「えーっ!!三人聴牌!?」)押されたら小便チビるほどのメンタルの弱さ。長考最高時間40分。ベタオリの貴公子 トド松!」

「鳴き」というのは上で一度解説しましたが、他の人が捨てた牌を自分の手牌にすることです。たとえば1・3と持っているとき、上家(=自分の左手側に座っている人)が2を捨てたら「チー」ができます。順子なら1・2、2・3、8・9など、どの形でも可能です。チーは上家からに限りますが、たとえば1・1と持っているときに1が捨てられたらそれをもらって刻子を作る「ポン」は、誰からでも可能です。
この「鳴き」がうまく使えれば、すごく強くなるんですよ。麻雀では鳴くと基本的に点数が下がるのですが、けれどその分早く手を進めることができるので、他家が和了る前に自分が早和了りをすることができる。「他の人に和了らせない」という考え方は、特に短い東風戦などではとても重要になってきます。東一局を見ると、トッティ、配牌がよくないんですよね。ああいう風に配牌が悪いとき、即座に「今回は鳴いてさっさと早和了りしよう」という決断ができて役作りをできる人は強いです(鳴き一通とか鳴き三色とかね)。と言っても、鳴き麻雀をする人で強い人って現実では滅多に見ないです。それだけ鳴きを上手くするのは難しいということだ。
また、「あえて下家に甘い牌を下ろし、ライバル同士の潰し合いを演出」というのは、自分の手が悪いとき、和了れそうにないとき、他家同士で殴りあわせるように仕向ける、あるいは他家が高そうな手を和了りそうなときに別の人に鳴かせて手を進め、さっさと安手で和了らせる、かつ自分は振り込まない、ということだと思います。これは相当な技術というか、相手の手の内と危険牌を予測する能力がないとできない。トッティすごい。
……が、突っ張らない。他家がリーチしたり、テンパイ気配があったらあっさりオリてしまう。いやそこはさー……得意の鳴きを使って突っ張ろうよ、ていうか鳴きを得意として多用してる時点で手牌は少なくなってて、当然安全牌も少なくなるんだから、鳴き麻雀やるのに他家がテンパったらベタオリって悪手だよ……押されずに突っ張ってさっさと早和了りしちゃえばいいのに、少ない手牌でベタオリしてどうする!そんなところでメンタルの弱さを発揮してどうする!?賢いのに!もったいない!かわいいね!!という感じです……
まあ麻雀で「確実にここはオリるべき」という場面はあるものなんですが、逆に「ここは突っ張るべき」という場面もあります。突っ張るべきときに突っ張れない人間は弱い。麻雀は振り込まないゲームではなく、和了るゲームだ。がんばろうトッティ。
ちなみに一瞬作画が変わったのは『哭きの竜』というマンガのパロディですね。鳴き麻雀をモットーにしている主人公のマンガで、ヤクザと抗争したりしてめちゃくちゃおもしろいです。「あんた、背中が煤けてるぜ」が主人公の名台詞。


・チョロ松:「チョロ松……守備型の理論派デジタル雀士。場況読みに長け、その場その場の最善手を尽くす。流れやツキは一切信じない。最強に分類される麻雀。ただし……(チョロ「り、立直!」)嘘をつけない性格が災いし、待ちが目に出てしまう。ロンは絶望。ノーリターンなオープンリーチ チョロ松!」

デジタル打ちがなにかと言うと、ロマンを求めない、牌効率を至上のものとする打ち方のことです。
ロマンを求めないというのは、「ツキ」とか「流れ」などを一切認めないことです。ツキとは運がいい状態のことで、「今はツイてるから絶対この手は伸びる」などと信じて打ったり、また「今はあいつに流れが来ている、あいつの手は高そうだ」と警戒したり、と麻雀においてはオカルトを信じる人は未だに結構います。
デジタル打ちはそれらを一切廃して、牌効率(点数や形の綺麗さよりも、テンパイまでに至る最短の道のりを計算し、最も効率のよい打ち方をすること)だけを考えます。たとえば三色同順(サンショクドウジュン、三種類の牌で同じ数字の順子を三つ作ること)が作れそうだけどペンチャン待ちになってしまうとき、両面待ちができる牌をツモッてきたら三色をあきらめて、ペンチャン待ちの牌を捨てたりするのがデジタル打ち。綺麗な手作りをしたがる人は、ここで三色を維持します。
デジタルは、極めればめちゃくちゃ強い打ち方です。効率を考える頭のよさがないとできませんが、東一局を見るかぎり、チョロ松はそれなりの頭を持っているように見えます。
が。待っている牌が顔に出る。たぶん、視線の動きや理牌(リーパイ、自分の手牌の並べ方)のくせで兄弟にはばればれなんでしょうね。オープンリーチというのは、リーチする際、手牌をすべてさらして、待っている牌が他の人にわかるようにし、ロン和了りの際には点数が跳ね上がるというもの(ローカルルールのひとつで、雀荘などでは採用されていないことのほうが多いです)。いくつも鳴いてしまって手牌に和了り牌しかない場合などを除き、まあ振り込みはしませんね。通常のリーチがオープンリーチと変わらない、デジタル打ちをしているのに、デジタルとはまったくべつの要因で弱くなってしまうチョロ松、かわいそう……
と思うんですが、でもチョロ松、「おれがテンパってもなぜかロン和了りができない」ということから、「ならばツモ和了りを目指せばいい、そのためにツモる確率を少しでも上げるため、多面張(タメンチャン、いくつも和了り牌があるテンパイ状態)を目指そう」とかならないところが……なんというか……いやでも「ツモ和了りができない」とは言われていないから、ツモで和了ることもあるのかな。それなら、たとえノーリターンオープンリーチだろうと、六つ子のなかでは普通に強いほうなのではないかと思います。


・十四松:「十四松……説明不能のオカルトシステム(1s、2s、2s、3s、3s、4s、6s、7s、8s、1p、1p、7m、7m、「1000点!」)なんてことない安手……が、これをきっかけにゾーンに入る。十四松タイムは絶対攻撃時間。乗れば何人たりとも阻めない。ただし……(十四松「ロン!」一松「あ……?それ少牌じゃない?」)テンションアップと同時にチョンボ率も大幅アップ! フリテンの暴君 十四松!」

はい来ました、オカルトを真っ向から否定するデジタル打ちのチョロ松に対して、オカルトじみた打ち筋の十四松!一度スイッチが入ると、流れもツキも全部持っていき、バカヅキしまくって連続で和了りまくる人ですね。
最初に「1000点!」で和了ったときは、リーチなしピンフのみのロン和了りなんだけど、このなかのなにがゾーンに入るきっかけになってるんだろう……?門前(メンゼン、鳴かないで手作りすること)でリーチをかけないで和了る、みたいな条件かな……
そしてテンションが上がると同時に大幅アップするという「チョンボ」とは、ルール違反のことを言います。たとえば、テンパイしていないのにリーチをかけてしまったり、和了り牌ではないものに「ロン」と言ったり、自分が捨てている牌にロン宣言をしたり……などですね。十四松が指摘されていた「少牌」というのは、常に13枚なければならない手牌が、それより少なかったということです。少牌は、ツモるのを忘れて切ってしまう、という状況で起きることが多いんじゃないかな。「なんでそんなアホなミスを!?」と思われるかもしれませんが、徹夜でやっていたりして、ずーっと続けてると頭がぼーっとしてきて普通にやらかすし、ほかの人もまた同様で、すぐに気づかれないことも多いです。
チョンボは罰則として8000点支払うのが一般的です。でも絶対攻撃時間に入って、高得点の和了りを連発していれば、8000点は痛くないんじゃないかな……たぶんそれで絶対攻撃時間はストップして終了だと思うので、その後いかに振り込まないか、稼いだ点数を守るかが十四松は勝負の要となりそうですね。
まあ完全にオカルトな存在なんですが、ゾーンに入ると止められない、みたいな人はいます。実在します。流れを完全に持っていって、「誰かこいつを止めてくれ……!」という感じで和了りを連発する……
デジタルのチョロ松にとっては真っ向から否定しなければならない存在ですね。でも麻雀をやっていると、ツキとか流れとか信じざるをえない、そしてこいつはなにかオカルト的な能力を持っているとしか思えない場面に結構出くわすんですよ……
十四松はいわば“牌に愛された特別な子”だけど、意図したものではないとはいえ自らそれにブレーキをかけて止まっちゃうということで、まあ、かわいいですね。


・一松:「一松か……異様な捨て牌、異様な鳴き。早さも打点もまったく読めないブラックボックス麻雀。ただし……普通に弱く、普通によく負け、機嫌が悪い。卓がえしの一松!」

異様な捨て牌、異様な鳴き、というのは麻雀マンガなどのフィクションではよく見ますね。たとえば「流れ」を変えるために意味のない鳴きをしてその流れを止めたり変えたり、リーチ後必ずツモる能力者相手に、ツモる牌をズラすために鳴いたりだとか。あるいは手元に来る牌の種類がかなり偏るために、捨て牌が異様になるだとか。
一松にも十四松のようなオカルト能力があれば、異様な捨て牌・鳴きになり、そして捨て牌、さらされた牌から手役がまったく想像できないため、そのブラックボックス麻雀は他家からしたら恐れなければならないものになるのですが、べつにそんな能力はなく、ただ弱い……と……
現実にも異様な鳴きをする人はたまにいるんですが、まあ弱いです。強い人は見たことがないです。
オカルト能力を持っていない、弱いくせに変な捨て牌・鳴きをする一松、たぶん鳴いていく過程で役ができることを期待しているんじゃないかなあ、と。混一色(ホンイーソー、萬子、筒子、索子のうち一種類と、字牌のみで手を作る)にするのか対々和とか、できないかなあ……あっ鳴ける牌が来た、どっちの役もまだできる確率は低いけど、とりあえず鳴いておこう、鳴いてるうちにどっちかできるかもしれない、あっでもどっちにしよう……などと迷っているうちに不可解な鳴きになり、迷ってるから捨て牌もわけわかんなくなる。
麻雀を覚えたて、というか、ルールブック片手に打っている子供のようだ……たぶんですが、べつに一松はオカルト能力者ぶりたくて不可解な捨て牌・鳴きをしているわけではなく、普通に迷ってどうしたらいいかわかんなくて、そうなってしまうんだと思います。
弱い。麻雀としてとても弱いし、そしてメンタルも弱い。ちゃぶ台返しはやめよう、雀荘でやったら出禁どころじゃ済まないぞ。一松は麻雀はじめギャンブルのやり方というか楽しみ方をおそ松兄さんに教わったらいいんじゃないかな、と思うんですが、もともとの性格が向いてないんだろうなあ……


・カラ松:「おれは手役アーティスト。妥協した和了りに意味はない。満貫?跳満?メンチン?ノンノン。倍満すら聴牌とらずの役満縛り。ゆえに……(チョロ松「ツモ」)毎回ツモられ貧乏。不和了のファンタジスタ カラ松!」

※追記:まず「役満」の説明してなかった!役満とは、麻雀の役のなかで最高得点のもののことを指します。作るのが非常に難しく、和了れれば子で32000点、親で48000点です。振り込めばまあ飛びます。比較的出やすい役満に、四暗刻(スーアンコー、鳴かずに手牌をすべて刻子で揃える)、大三元(白發中をすべて3枚揃える)などがあり、滅多に出ない役満に九蓮宝燈(チューレンポウトウ、1112345678999+何か(なんでも可)で手役を作る)、天和(親が配牌時にすでに3枚×4セットとアタマ2枚(形は何でも可)が完成していること)などがあります。

ちょっとカラ松兄さん……なにやってるの……
手役があまりに綺麗だったんで、画像化しました。

三萬四萬五萬六萬七萬四索五索六索五筒六筒七筒八筒八筒ツモ二萬
最初の手がこれ。
門前ツモ、タンヤオ、ピンフで和了っています。きれいな形です。が、カラ松兄さんはここで和了りを宣言しない。
一筒二筒三筒四筒五筒六筒七筒七筒七筒八筒九筒西西ツモ七筒
次がこれ。これも門前ツモ、混一色で和了っています。が、やはりカラ松兄さんは和了り宣言をしない。
一索一索二索二索三索三索四索四索六索六索六索八索八索ツモ發
そしてこれはツモッてきた發では和了れませんが、リーチをかけずとも清一色(チンイーソー、一つの種類の牌だけで手作りすること。メンチンというのは鳴かずに清一色を作ることです)、一盃口(イーペーコー、1m1m2m2m3m3mのように同じ牌で順子を2組作る役)で跳満(親なら18000点、子なら12000点)確定のめちゃめちゃ綺麗で強い手です。……が、カラ松兄さんはそれでは満足しない。ここでは1sを落として緑一色(リューイーソー、名前の通り、緑色の牌だけで手を作る役満)を目指すのでしょう。
つまり、カラ松兄さんは、どんなに綺麗な手ができて、点数が高くても、テンパイしていて和了り牌ツモッてきても和了らず、あくまで役満以外では和了らない、ということです。当然役満なんて滅多に和了れるものではなく、カラ松兄さんは勝つどころか飛ばされて終わっています。
……バカじゃないの!?バカだけどめちゃくちゃカッコいいな!!!!
まあここまでヤバいタイプはいないにせよ、綺麗な手しか嫌だというタイプの人はいるんですよね。まあ跳満確定の手を崩して役満縛りなんて人は見たことないですけど(とはいえ最後の手だったら緑一色を目指すのはアリだと思います)。
で、上の画像の通り、カラ松兄さん、綺麗で強い手をテンパるどころか和了ってるんですよ。でも、配牌の時点から狙って手作りしていってむりやりに目指せる役満なんて国士無双(コクシムソウ、萬子、筒子、索子それぞれの1・9と字牌すべてを揃える)くらいで、ほかに目指そうとして目指すなら大三元(ダイサンゲン、白・發・中それぞれを刻子で揃える)、や大四喜(ダイスーシー、東西南北それぞれの字牌を刻子ですべて揃える)、字一色(ツーイーソー、字牌だけで手を作る)なんかで、けどもちろん役満なのでそう簡単に望む牌が来るものではなく、意図して目指していたら手牌がめちゃくちゃになると思うんですよ。でも、カラマツ兄さんの手はものすごく綺麗です。メンタンピンや混一色、清一色でテンパイまで持っていって、しかも和了り牌まで引いています。だから、カラ松兄さんは「配牌で役満が無理そうなら一応普通の手作りをする」かつ「引きが強い」、けれど「役満以外には絶対に和了らない」ということになる。……引きが強くて、綺麗な手作りをしておいて、でも高い理想があるから和了らないってなに?高すぎる理想、ちょっと下ろそうよカラ松……理想をかかげることは立派だけど、実益に手を伸ばすのは悪いことではないんだよ……

※追記:手牌の綺麗さにばかり目をとられて大切なことを見逃していた。カラ松、振り込んで飛ぶのではなく「ツモられ貧乏」なんですよね……だから、「配牌から役満が目指せなそうならとりあえず普通の手を作る」「引きが強い」、そして、かつ「他家に振り込まない」ことになる。他家がリーチをかけたりテンパった気配があったら、綺麗にオリているということになります。ひとつ後の記事で無双モードのおそ松兄さんについて書き、彼の信念と思想が表れているなあと思ったのですが、ここでもカラ松兄さんの生き様を感じることができる……


という感じで、この打ち筋から六つ子の強さを考えると、十四松>>チョロ松>トド松>カラ松>おそ松>>>一松十四松>>>チョロ松>トド松>おそ松>>>一松=カラ松※追記:カラ松兄さんが「ツモられ貧乏」であることに気づいて順番を変えました……カラ松兄さんは振り込まない……、という感じかなあ、と思います。十四松はチョンボで絶対攻撃時間が終わった後、得た点数を保持すれば勝つだろう。チョロ松はツモ和了りできるなら普通に強い。一松は普通に弱いし、カラ松はテンパっても普通の手だと絶対和了らないから……たぶんこんな感じ。おそ松兄さんの打ち方はそんなに弱くないと思うんだけど、飛んでるしなにより「オーラス知らず」って言われてるから……


*松野家麻雀*
で、後半めちゃくちゃになった松野家麻雀ですが、おそ松兄さんが脅威の強さを見せました。おそ松兄さんも十四松的なオカルト要素持ってるのかな……?なにかスイッチ入ると、引きがめちゃくちゃ強くなるんでしょうか。いやだってあんた、50042本場って。麻雀は親が和了ると連続でまた親を続けられると最初のほうに説明した気がしますが、親が和了って続くことになった場合、一本場、二本場、と場が増えていきます。なので、おそ松兄さんは50042回和了った、あるいはテンパイしたということになります。ちなみにこれを連荘と言いますが、ローカル役満に八連荘というものがあり、8回連続で和了ったらそれはもう役満扱いです。
半荘一回を仮に12局と仮定して、換算すると、50042局で半荘4170回分。半荘一回35分だと仮定すると、50042本場にたどり着くには2432時間かかります。えーと、101日ですね……いくらニートだからって六つ子たちは一体何日不眠不休の連続で麻雀をやり続けているのか。そこはもうなんか異空間ではないのか。そりゃ弟たちの頭もおかしくなるわな……むしろそこで正気だったおそ松兄さんってなに?大丈夫?????
ちなみに東一局○○本場と言えば、阿佐田哲也の『東一局五十ニ本場』という有名な作品があります。



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というわけで、『おそ松さん』21話、「麻雀」の解説と、考察に見せかけた妄想を……つらつらと……書いてみました……いかがでしたでしょうか……麻雀を知らない方にも知っている方にもおもしろいものを、と思った結果中途半端になってごちゃごちゃしてしまいました……なんか、あの……わからないところ、あるいはおかしいところがあればついったーなどでお気軽にお訊きください……

麻雀回、ただでさえ戯画化されている六つ子の麻雀の打ち筋を描くことによって、さらに戯画化されていてとてもよくできた回だったと思います。麻雀を知らない方にも、なんかよくわからないけど雰囲気的なものは伝わったんじゃないでしょうか、どうだろう……
これをきっかけに松を観ている!女性の方が!麻雀に興味を持ってくださったらいいなと!思います!!麻雀って楽しいよ!!ネットで初心者向けのルール解説ページがいくらでもありますし、入門書もたくさん出ているので、興味を持ったらあなたもさあ今日から麻雀!
ちなみにわたしは高校生のときに麻雀に興味を持ち、井出洋介さんというプロ雀士の方が書かれた入門書と、役満DSというニンテンドーDSのソフトで麻雀を覚えました。完全に独学だったので、がんばったなわたし……と言いたい……
友達に麻雀打てる人がいたら、教えてもらいつつ、入門書を一冊読むのが一番いいかな、と思います。簡単なルールを覚えたら、ネットでやってみましょう。無料で打てるサイトやアプリが今はたくさんあるよ!
ちなみにわたしはMJモバイルというスマホアプリで毎日毎日毎日麻雀して遊んでいます。MJ、配牌とかツモに偏りを感じず、自動卓でやるリアル麻雀にかなり近いと思うんだけど……どうかな……
あとわたしはおそ松兄さんタイプです。全ツッパとまではいかないしオリるときはきっちりオリるけど、基本は強気です。なのでおそ松兄さんにシンパシーだよ。
あと麻雀マンガで個人的におもしろくておすすめなは『兎-野性の闘牌-』と『哲也-雀聖と呼ばれた男』なんですが、ひとつ前の記事に書いた『咲-saki-』もいいよ!一般的な麻雀マンガと雰囲気が大きく違う、高校生の女の子たちが百合百合しながら全国大会を戦うお話です。アニメ化もされているので、ぜひ。

勢いに任せて書きすぎてどう締めたらいいのかわからないのですが、もしここまで読んでくださった方がいらっしゃったら、ありがとうございました!松麻雀回でわからないところがあればいつでも聞いてください。解説してほしいという方がいらっしゃったら隣に行って解説したい。そんな思いがこの文章で伝わったのかどうかは……勢いに任せすぎたので、その辺はお察しください。すみません。

おそ松さんも麻雀も大好きだ!!!!!!!



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牌画像は麻雀サークル DAME雀さんの「手牌つく郎」まつセン牌画(26×19)版をお借りしました!想像を絶する便利さだった……ありがとうございます……
2016.03.01 01:30|
一体ここはなんのブログになったんだという感じですが、ブログタイトルの通りここはわたしの庭なので好き勝手なことを書きます。

というわけで、これまた記事のタイトル通り、『おそ松さん』の六つ子の麻雀の打ち筋を妄想してみたよ!!

おそ松さんでは作中、六つ子たちがパチンコに行ったり競馬に行ったりしていて、ギャンブルが好きなら絶対家族麻雀やってるだろう!ていうか家に自動卓ありそう!正月から卓囲んでそう!!ってずっと妄想していたんですが、なんと今夜、「麻雀」というサブタイトルの話が放送されます。
いやまあもちろん普通に麻雀をやる話などではないだろうなあとは思っていますが、しかし、公式からなにか来る前に!妄想を出し尽くしてまとめておかなくては!!!とまとめました。

ツイッターで六つ子麻雀妄想をつぶやいたとき、「おそ松兄さんは牌に愛された子」とか「十四松は四暗刻和了る」とか言ったんですが、今回、そういうオカルトなしの普通の打ち筋を妄想したものと、そして麻雀における異能力を持っている場合、ふたつのバージョンを妄想してみました。
麻雀における異能というのは、まあいろんな作品で出てきますがわたしは『咲-saki-』という麻雀百合マンガが大好きでして、女の子たちが異能力ばんばん使いながら麻雀をするマンガです。六つ子の麻雀異能力はこの咲を参考にして考えました。

まずは通常バージョンです。こっちでは異能力などは出てこず、「普通に打ち手としているレベル」で考えています。

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◆六つ子麻雀打ち筋妄想・通常バージョン◆

*おそ松*
配牌もツモもいい、またドラを引きやすい。早い段階で聴牌でき、またドラで打点は高くなるため和了時の得点数はかなり高いが、頭は使わない、河はほとんど見ていないので他家に振り込みやすい。典型的な運・ドラ頼みの打ち方。満貫確定ならリーチしないくらいの考えはある。他家がリーチした際はとりあえず鳴いて一発消しをするいい性格をしているが、リーチがかかっても突っ張るのでいかんせん振り込みやすい。

*カラ松*
配牌も引きも悪い、ドラも来ないが、それでもがんばってメンタンピン一盃、メンタンピン三色など地味だが綺麗な手作りをする。河をよく見ており、当たり牌予測が上手く滅多に振り込まない。また回し打ちにも長けており、運がないので門前で手ができあがるのは遅いが他家が聴牌したら喰いタンなどで早和了りして流すこともできる。

*チョロ松*
不完全なデジタル打ち。牌効率や特定期待値や他家の聴牌確率計算をし、そのためボロボロの配牌からの鳴いて早和了りなどは得意だし手堅い打ち方をするが、しかし不完全なので弱くはないが別に特別強いわけではない。「麻雀はデジタルが一番強いんだよ!」と主張するがそこまで頭がよくない。ただ河はよく見ており、分が悪ければ完オリするので振り込むことは少ない。

*一松*
聴牌しても黙聴が基本。かつ定石に則らないトリッキーな手作りをするため、捨て牌を見ても他家は危険牌を予測できず、ツモ和了りよりロン和了りが圧倒的に多い。ツモ運はそれほどよくないが六つ子のなかでテクニックは一番高いし河もよく見ているし、デジタル打ちというわけでもなく、ツキや流れというものも信じておりその場その場で臨機応変な打ち方をする。他家が高い手で和了りそうなときは、別の誰かに差し込んで安手で和了らせたりすることもある。

*十四松*
おそ松に次いで配牌・ツモがいいがいかんせん頭を使った打ち方はまったくできない。黙聴は察知できないが、他家がリーチをかけるとこわいので現物しか出さなくなる。黙聴には振り込むし、現物がなくなると危険牌予測ができないので振り込む。七対子や対々和が好き。対々和ならば鳴いて早和了り目指して他家の聴牌をつぶすことも可能。が、リーチがかかっている場合は回し打ちはせず完オリ。ごくまれに役満をぶち込んできて他の兄弟に「はぁ〜!?」って言われる。

*トド松*
配牌やツモ運は普通だが、一松と並んでテクニックが高い。配牌が悪かったとき、即座に早和了りできる手を考え、また鳴き一通や鳴きチャンタなどで早和了りする技術は六つ子の中で一番。河もよく見ているため振り込むことは滅多にないが、自分が高い手を作れているときには突っ張る。捨て牌から出てきそうな牌を予測し、三面張を捨てて単騎待ちにして、実際にそれで和了ったりする。ほかの五人の兄弟それぞれのクセを一番把握しているのはこいつ。


六つ子は六人なので、2位・3位抜けで交代で打っていたりしたらいいですね。
おそ松の配牌や引きがいい、っていうのはそれオカルト入ってるんじゃ?と思われるかもしれませんが、実際にそういうひとはいるよ……あと十四松の役満というのも、やっぱり現実の麻雀でもそういうひとはいて、まあやっぱり「牌に愛された子」というのは実在する……
さてこの六人で打つとどうなるか、という妄想ですが、聴牌が早く打点が高いおそ松兄さんの早和了りをどう防ぐか、という点で弟たちが共謀すると思います。おそ松兄さんはたぶん聴牌即リータイプなので、たぶん一松がトッティの手を読んで鳴かせて、かつ差し込んで早和了りさせる、という一トドの共謀が定石となっているんじゃないでしょうか。あとカラ松・チョロ松も鳴いて早和了りが得意、十四松も対々で早上がりが可能なので、そこで対抗できそうですね。そう考えると六つ子の麻雀は一局の展開がすごく早そうだ。おそ松兄さんはリーチかけるし河を見ないのですぐ振り込むので、強敵であると同時に、危険牌予測さえできればそこまで怖い敵ではない。リーチ早いと危険牌予測できないけど、高打点・ドラが集まるので手は結構読めるんじゃないでしょうか。
一松は頭がいいので、おそ松兄さんの和了りを防ぐためにトッティはじめ他家に早和了りさせようとわざと鳴かせてると見せかけて、しれっと自分が和了って兄弟から文句を言われていたらいい。「ちょっとおれ跳満確定の手だったんだけど!?一松なんなの!?」「ていうか一松お前おれのサポートしてるんじゃなかったのかよ!?」「一松兄さんてそういうことするよね〜。ぼくは一松兄さんがチョロ松兄さんサポートしてるふりして和了り目指してるのわかってたよ〜」「あはは!ぼく完オリ!現物あってよかった〜!」みたいな!!!!
これだと十四松がちょっとカモっぽいんですけど、しかし十四松はおそ松兄さんに次いで配牌とツモがいいんだ。早い段階で対々三暗刻とか和了ることもある。
六つ子の麻雀まじ楽しそう……強さでは一松=トド松>おそ松>チョロ松=カラ松>十四松、みたいな感じになるかなあ?でも家族麻雀で鍛えられてるから、六つ子以外のひとと麻雀やるときは六つ子はめっちゃ強いよ。


そして!次は六つ子麻雀異能力バージョンです。六つ子が麻雀での異能力を持っていたら!?という妄想。


*長男:おそ松*
配牌のと場の支配。他家の配牌を必ず五向聴にし、かつ自身の配牌は必ず一向聴となる。自身は有効牌を引きやすくなり、他家の引きを悪くする。

*次男:カラ松*
12巡目に自身の理想とした形で必ず聴牌する。また、聴牌してから二巡目に必ず和了り牌を引くが手を進めることを目的としない鳴きが入ると潰される。

*三男:チョロ松*
他家が聴牌すると、その人物の和了り牌がわかる。覚醒(自意識ビッグバンモード)すると他家の能力を封印する。

*四男:一松*
リーチをかけなければ自身が聴牌したことを他家が絶対に察知(認識)できなくさせる。ツモ切りを続けていようが他家は一松が聴牌していることに気づけない。また、ニ副露以上鳴くと他家の引きを悪くすることができる。

*五男:十四松*
1・4の牌が集まる。槓をすると裏ドラが必ず晒していない自身の手牌のうちの刻子のいずれかとなる。

*六男:トド松*
他家が聴牌した際、有効牌を引く確率が上がる、かつ鳴ける牌が河に出て鳴けるようになり、安手で早和了りできる。また、自身が聴牌した状態で他家がリーチをかけると、リーチをかけた者が自身の和了り牌を必ず引く。


おそ松兄さんはまあ言わずもがな。場の支配系の能力だろう、どう考えても。カラ松の「12巡目」というのは長男がいて、次男だからです。聴牌から二巡目というのも次男だから。チョロ松はツッコミ役=つっこむポイントをわかっている=当たり牌がわかる、的なイメージ。自意識ライジングすると、ビッグバンのまぶしさで他家をつぶして独壇場になる。一松はほら……1クールめまでは闇松兄さんだったから……闇=黙聴です。聴牌気配を出さない、ということですらなく、『咲』のステルスモモのように他家は絶対認識できません。ニ副露以上というのは、猫の「にゃん」=2ということでひとつ…… 十四松はこれしかないだろう、と。1と4が集まるので当然刻子ができやすくなり、槓するチャンスも多くなります。そして手牌がドラになる。ドラは晒していない手牌になるので、三槓子を作ればドラ9になります。対々和三槓子ドラ9、それが十四松の能力…… トッティは六つ子という箱庭を一抜けしたことから、他家がテンパると「いや和了るのぼくが先だから〜」っていう感じで。他家がリーチかけると必ず和了れるのも、同じイメージで。

異能力バージョンで六つ子がぶつかりあったらどうなるんだろう……チョロ松が覚醒しちゃったら普通の麻雀になるんですけどね、覚醒の条件はなにがいいかな……

六つ子異能力麻雀バトルめっっっっっちゃ見たいな……


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というわけで、六つ子麻雀打ち筋妄想(通常バージョン・異能力バージョン)をお送りいたしました。
このあと放送される「麻雀」、一体どんな話なんだろうとどきどきとわくわくが止まらない。まあわたしはリアタイで観られないけどね!

六つ子の麻雀打ち筋妄想するの、めちゃくちゃ楽しいのでみんなやろう!!あくまでもこれはわたしの主観なので、「いや○○松はこうだと思うけどな〜」的なご意見、超お待ちしております!!
ていうか公式ありがとう!!ずっと六つ子麻雀妄想してた甲斐があった!!!松ありがとう!!!!!!!